あさま山荘事件/連合赤軍

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発生:1972年2月19日  場所:軽井沢にある河合楽器の保養所「浅間山荘」

内容:連合赤軍が起こした立てこもり事件

 人質は浅間山荘の管理人の妻。  連合赤軍のメンバーは5人(坂口弘、吉野雅邦、坂東国男、加藤倫教、加藤元久)。  管理人の妻を人質に10日間に亘ってたてこもった。  2月28日に警察が浅間山荘に強行突入し、警察官2人が殉職した。  突入の様子は、テレビで生中継され、その日の総世帯視聴率は調査開始以来最高の数値を記録し、人質救出の瞬間は民放、NHKを合わせて90%弱を記録した。  また近年、本事件において重機・鉄球クレーンを提供した企業がメディアの取材に応じるようになったが、これは警察の努力により連合赤軍及びそのシンパが報復活動に出る事が不可能となった(要するに連合赤軍が殲滅された)ため、真実(の一部)が一般市民に対する報道の対象となったことに拠る。

 警察側広報担当幕僚長であった、佐々淳行の手ドキュメンタリーが、1996年に『連合赤軍「あさま山荘」事件』のタイトルで文藝春秋より出版された。  なお、この作品は1999年に文庫化され『連合赤軍「あさま山荘」事件-実戦「危機管理」』の表題に改められた上出版されている。

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  この作品は事件から30年目に当たる2002年に『突入せよ! あさま山荘事件』のタイトルで映画化された。

当時、連合赤軍は銃砲店を襲って銃と弾薬を手に入れて逃走を続けていたため、警察は必死になってその行方を追っていた。  警察に追われていた連合赤軍のメンバーは、群馬県の山岳地帯に拠点「榛名山ベース」を構え、潜伏して逃避行を続けていたが、仲間内でリンチ殺人事件を起こす(山岳ベース事件)などして組織は極度に疲弊し、追い詰められていた。  警察の山狩りによって、榛名山や迦葉山のベースを発見されたことをラジオのニュースで知ると、群馬県警の包囲網が迫っていることを感じ、群馬県を出て隣接する長野県に逃げ込むことにした。  長野県ではまだ警察が動員されていないと思われていたためである。 彼らは長野県の佐久市方面に出ることを意図していたが、山中で道に迷い軽井沢へ偶然出てしまった。軽井沢レイクニュータウンは新しい別荘地で、連合赤軍の持っていた地図にはまだ記載されていなかった。 そのため、彼らはそこが軽井沢であるとは知らずに行き当たりばったりに行動せざるを得ず、立てこもり先としてあさま山荘が選ばれたのは全くの偶然であった。2月19日の正午ごろ連合赤軍のメンバーは軽井沢レイクニュータウンにあった無人のさつき荘に侵入し、台所などにあった食料を食べて休息していたが、検索中の長野県警機動隊一個分隊が近づいてきたことを察知し発砲した。  機動隊側もこれに応戦。  午後3時20分ごろ連合赤軍のメンバーは、包囲を突破してさつき荘を脱出。  さつき荘の近所にあったあさま山荘に逃げ込み、管理人の妻を人質として立てこもった。

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