ノーパン喫茶

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 1978年10月15日:京都で「ジャニー」が開店。 ノーパン喫茶の発祥とされる。その後大阪で大当たりした。

1980年11月29日:豊島区東長崎で「ルルド」が開店。東京のノーパン喫茶第1号とされる。  この年には全国で多くの店が誕生した。

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 ウエイトレスが下着を着けずミニスカートをはいてコーヒーなどの飲食物を運ぶ喫茶店。

 1980年頃から流行した。 コーヒーやドリンクなど限られた種類の飲み物を、飲み物にしては極めて高額で提供していたが、サラリーマンや学生などの人気を集め社会現象化した。

 当初はコーヒーなどの飲食物を運ぶだけであったが、やがてフロアの奥の方に個室が作られ、この中でフェラチオなどのサービスを行うようになった。 1984年の改正風俗営業法が施行されると、フロア+個室という業態に対する規定がないため、営業が認められなくなり、ファッションヘルスなどに転業した。

 ノーパン喫茶嬢出身のイヴちゃんは、日活ロマンポルノにも出演し人気があった。 ノーパン喫茶の時給は、非常に高額であり、これをきっかけに風俗店に足を踏み入れた女性が多数いたと言われる。

  1981年4月21日、東京・築地署が銀座のノーパン喫茶「サントリー倶楽部」を(猥褻物公然陳列罪で??)摘発しました。
これがノーパン喫茶摘発の第一号と言われています。

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 ノーパン喫茶のコンセプトは喫茶店の給仕の女性がパンツを穿いていない、というただそれだけのことで、多くの店では床を鏡張りにして、覗きやすいようにしていたようです。コーヒー1杯はだいたい2000~3000円程度だったようです。給仕の女性の上半身もすけすけの衣装やトップレスなどで、更にスカートの丈も、初期の段階ではチラリズムだったのが、次第に過激な状態の店が多くなっていったようでした。

 そしておそらくは過激に走りすぎたことから警察の手入れを受けるにいたり、その頃には、こういう店に通いたい、おじ様たちも少し飽きてきて、初摘発のあった1981年をピークに減り始め、1985年に風営法改正を前に完全に姿を消しました。

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 東京新宿「USA」出身のEVEは「ノーパン喫茶イブちゃん」のキャッチフレーズで映画やTVでも活躍しました。
数年前に話題になった「ノーパンしゃぶしゃぶ」なども、このノーパン喫茶の流れの中にあるコンセプトでしょう。

昭和浪漫劇場 ノーパン喫茶の女

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